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中国の砂漠に「仮想・横須賀基地」 ミサイル実験場か

古代中国シルクロードの要衝として栄えたオアシス都市・敦煌。 その西方約 100 キロのゴビ砂漠に、3 隻の軍艦が描かれているのを米国の衛星が捉えていた。 米海軍のトーマス・シュガート大佐らは 2013 年などに撮影された写真を分析し、映っているのはミサイルの精度や衝撃を試す中国軍の実験場だと結論づけた。 大佐の目を釘付けにしたのは、「砂上の軍艦」の配置だった。 鏡に映したように反転させれば、米海軍横須賀基地(神奈川県)の構造とうり二つだったからだ。 軍艦に見立てた三つの標的の真ん中には、ミサイルの着弾跡とみられるクレーターもあった。

大佐らは 17 年に発表した報告書「先制攻撃 : アジアでの米軍基地への中国のミサイル脅威」で、同じ実験場に米空軍嘉手納基地(沖縄県)の戦闘機駐機場にそっくりな標的が描かれているとも指摘。 「西太平洋の米軍の軍事力を支える前方基地への中国軍のミサイル攻撃は、現実味を帯びている」と警鐘を鳴らした。

米国防長官政策顧問だったアンドリュー・クレピネビッチ米戦略予算評価センター前所長も数年前、別の衛星写真で砂漠に空母の甲板が描かれているのを見た衝撃を鮮明に覚えている。 「まるで真珠湾に並ぶ軍艦への奇襲攻撃を想起させた。」 中国の砂漠に、米軍横須賀基地さながらの標的があった。 記事後半で、横須賀基地の衛星写真と並べてみると一目瞭然。 日本も深く関わる、米中ミサイル競争の最前線を紹介します。

米国防総省のアジア政策に強い影響力を持つ同氏は、旧知の日本政府高官や自衛隊幹部に、「日米は、奇襲攻撃の被害を被らないよう、手段を講じる必要がある」と危機感を伝えた。 今年 2 月 1 日、トランプ米政権は米ロの中距離核戦力 (INF) 全廃条約からの離脱をロシアに通告した。 「冷戦終結」の象徴だった条約が失効すれば、米ロは中距離ミサイルを配備できるようになる。

トランプ政権で昨年まで国防次官補代理を務め、国家防衛戦略の策定を担ったエルブリッジ・コルビー氏は「離脱の一義的理由はロシアだが、最大の理由は中国だ」と明言する。 INF 条約の網の外にいた中国は、DF (東風) 21 や DF26 など命中精度の高い準中距離、中距離ミサイルの開発を加速させ、その数で世界一になった。 一方、マッハ 5 以上で迎撃ミサイルをかわす極超音速ミサイルも開発しており、米国は危機感を強める。

米国は日本と弾道ミサイル防衛網を築き、「盾」を強化してきたが、米政府高官は「中距離では、もはや中国のミサイル能力が量と質で米国を凌駕し、『盾』だけでは防ぎきれない。 『矛』も必要だ。」と語る。 複数の米メディアは、米国は INF 条約が失効する 8 月に地上配備型中距離巡航ミサイル、11 月には中距離弾道ミサイルの発射実験に踏みきると報じている。 成功すれば、巡航ミサイルは 1 年半後に配備可能になるとも言われる。

米国は核ではない通常弾頭の中距離ミサイルをアジア太平洋に前方展開する可能性を探っており、米国防総省関係者は「配備先としては日本やフィリピンなどの同盟国も検討対象になる」と語る。 米国が中距離ミサイルの展開に踏み切れば、極東は米中による「ミサイル競争」の舞台になりかねない。 4 カ月後に迫る INF 条約の失効は日本にも深刻な問いを投げかけている。

INF 条約を尻目に軍備拡張

迷彩塗装した 12 輪の巨大なミサイル輸送車両が土煙を巻き上げて次々と移動する。 垂直に立てられたミサイルから少し離れた場所では、土のうの陰に控える 7 人の隊員の姿が映し出される。 号令に合わせ、隊員が赤いスイッチを押すと、ミサイルが黄色い炎を上げ、轟音と共に舞い上がった。 中国軍は 1 月、米領グアムを射程にとらえ、「グアムキラー」と呼ばれる最新鋭の中距離弾道ミサイル DF26 の発射実験を行い、国営テレビで初めて放映させた。

中国紙によれば、DF26 は先端の 4 枚の羽根で針路を修正し、動く目標に誘導できるため空母攻撃も可能とされる。 軍事科学院教授だった杜文龍氏は出演したテレビ番組で「国際的にもこれほどの中距離弾道ミサイルは見当たらない。 他国がまねできない能力だ。」と胸を張った。

中国・米国・自衛隊の主な軍事力

15 年末、中国軍はミサイル部隊「第 2 砲兵」を陸海空軍と同列に格上げし、「ロケット軍」を創設した。 式典に駆けつけた習近平(シーチンピン)国家主席は、「ロケット軍は我が国の戦略的抑止の中核戦力であり、大国としての地位の戦略的支柱、国家の安全保障の礎(いしずえ)だ。 中長距離の精密な攻撃力を強化せよ。」と発破をかけた。 とりわけ中国は、射程 1 千キロ - 5,500 キロの準中距離、中距離ミサイルの開発と配備に注力してきた。 この 10 年余りで種類や保有数を増やし、射程の延伸と精度の向上を図っている。

米本土を狙う大陸間弾道ミサイル (ICBM) よりも「中距離」を重視する理由について、中国政府系シンクタンクの研究員は「我々は米国と全面戦争するつもりはない。 有事の際に米軍が中国周辺に接近するのを防ぐことが優先課題であり、そのためには中距離ミサイルが重要だ。」と話す。 こうした中国の戦略は「A2/AD (接近阻止・領域拒否)」と呼ばれ、1990 年代の湾岸戦争と台湾海峡危機が大きく影響したといわれる。

中国軍幹部によると、軍総参謀部(現・連合参謀部)などは湾岸戦争でのイラクの敗因を分析。 イラクが隣国サウジアラビアに集結していた米軍を主力とする多国籍軍の爆撃機などを先制攻撃していれば、「空爆の被害を最小限に抑えられた」と結論づけた。 台湾海峡危機では、米軍が二つの空母打撃群を急派して威嚇。 中国は自国の懐まで空母が迫ったことに危機感を抱き、手前で敵を牽制する手段の欠如を実感した。

中国軍幹部は「これを機に、米空母や在日米軍基地を攻撃するための中距離ミサイル開発を最優先で進めるようになった」と話す。 中国軍が 2004 年にミサイル部隊向けに作成した内部文書「第 2 砲兵戦役学」も、「我が軍が台湾に進攻した際、敵国は我が国周辺の同盟国の基地や空母艦隊を使って介入してくるだろう。 空母同様、同盟国にある敵国基地を威嚇攻撃するのに通常型ミサイルは有用だ。」と記している。

中国が米軍基地などへの先制攻撃をどこまで本気で準備しているかは分からない。 文書は、「他国の偵察衛星が把握できるようミサイル演習を実施する」などとして、自らの能力をあえて「見せる」ことで抑止力を高め、敵を牽制する狙いも明記している。 米ロが結んだ INF 条約は、こうした中国の戦略に都合の良い環境を与えた面がある。 条約の足かせで米ロが地上配備型中距離ミサイルを展開できないのを尻目に、中国は着々と自らの戦略を実行。 中距離ミサイルの保有数で米国を圧倒している。

さらに、こうした弾道ミサイルと組み合わせ、上空で分離する「極超音速ミサイル」の開発も活発だ。 弾道ミサイルから切り離した後、誘導されながらマッハ 5 以上で滑空するため、軌道の予測も難しい。 米国のランドール・シュライバー国防次官補は「中国は極超音速兵器の最新技術を持つ国の一つだ」と警戒感をあらわにする。

日本へのミサイル配備、割れる議論

「(新たな)米国のミサイルは、同盟国や友好国の領土に分散させる可能性がある。 日本の琉球諸島やフィリピンのジャングルなどへの展開は中国の軍事作戦を複雑にする。」 米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」は、2 月に米国が INF 条約離脱を正式表明した直後に、アジアの安保環境に直接的に影響するとの報告書を発表。 日本へのミサイル配備にも言及した。

米軍は条約の制約を受けない潜水艦や爆撃機から発射する中距離巡航ミサイルをアジア太平洋に配備済みだ。 だが、地上配備型の方がコストも低く、核は搭載しなくとも、中国の「のど元」に攻撃兵器を突きつければ、大きな抑止力が得られると期待する。 国防総省関係者は、中距離ミサイルの地上配備によってようやく「中国のミサイルの優位性を相殺できる」とみる。

実際の配備は 5 年以上先とみられるが、問題は配備先だ。 広大な国土を持つ中国に対し、米軍が地上配備できるのは米領グアムや同盟国に限られる。 中国が「我が国の一部」とする台湾への配備は政治的リスクが極めて大きい。 複数の米政府関係者によると、フィリピンも候補に上るが、政権の対米姿勢が安定性を欠く。 元国務省高官は中距離ミサイルの配備先について「トランプ政権は、グアムは遠すぎるし、日本が地理的には最適だと考えている。」 国防総省関係者は沖縄以外にも複数候補があると語る。

その関係者は、将来の選択肢として、@ 核非搭載の中距離巡航ミサイルを日本に常時配備する、A 有事や緊急時にのみ展開する、B 日本の自衛隊に中距離ミサイルを保有させる - - との可能性をあげるが、いずれも日本にとっては政治的に困難なシナリオだ。 日本政府は配備について正式な要請はまだ受けていないが、防衛省幹部は「打診されれば、難しい選択を迫られる」と困惑する。

INF 条約は、その成り立ちも含めて日本の安全保障と深い関わりがある。 1986 年 2 月、当時の中曽根康弘首相とレーガン大統領の間でその内容について何度も親書が交わされた。 欧州では中距離ミサイルを全廃させるがアジアではソ連の中距離核が半分残るとの暫定案に、日本は「アジアも欧州と均衡のとれた配慮が必要だ」と見直しを求め、アジアでの全廃に大きな役割を担った。

昨年 10 月、トランプ大統領が条約離脱を示唆した際、安倍晋三首相が「条約が軍備管理、軍縮において歴史的に果たしてきた役割を重視している。 条約が終了せざるを得ない状況は望ましくない。」と述べたのは、そうした経緯もある。 だが、今年 2 月に米国が正式に離脱を表明すると、日本政府は「(米国の)問題意識は理解している(菅義偉官房長官)」と表明。 中国を念頭に「米ロ以外の国々が、条約で廃止が義務づけられているミサイルを開発、実戦配備していることも認識する必要がある」と、一転して米国の決定を追認する姿勢に転じた。

条約なき後、日本政府はどう対応するのか。 3 月末、国家安全保障局 (NSS) はこの問題について有識者を交えて意見交換した。 関係者によると、「中距離ミサイルの日本配備も含め積極的に検討していくべきだ」との意見も出たという。 政府内には、日本が中国のミサイルの射程内にある以上、米国のミサイルの前方展開は抑止力になるとの見方がある。 一方、「日本に配備すれば、在日米軍基地などが中国の標的となるうえ、米中軍拡の引き金も引いてしまう(外務省幹部)」との懸念もある。

米国内の議論も割れる。 ジョージ・W・ブッシュ政権で大統領特別補佐官を務めたフランクリン・ミラー氏は「米国が日本配備を提案すれば、日本の世論が真っ二つに割れ、深刻な政治問題となる。 日米両政府にとって良いことではない。」と指摘。 米ランド研究所のジェフリー・ホーナン研究員も「日本から中距離ミサイルが発射できるようになれば、中ロは対抗手段を講じる可能性がある。 日本の安全保障が強化されるのか、弱体化するのかとの疑問が出てくる。」と語る。

一方、トランプ政権で国防次官補代理を務めたコルビー氏は「アジア情勢は変化し、軍事バランスは劇的に悪化している。 日本の政治的議論も変わらざるを得なくなる。」と指摘する。 米中がミサイルで角突き合わせる事態が迫る。 米中が「ミサイル競争」を抑制する道はないのか。 日本にそれを促す役割は果たせないのか。 難しい選択を迫られている。(園田耕司、冨名腰隆、清宮涼、峯村健司、佐藤武嗣)

INF (中距離核戦力)全廃条約〉 地上配備型の中距離ミサイルを全廃するため、米ソが 1987 年に締結した軍縮条約。 米ソが欧州を舞台に「中距離」を射程とするミサイルの開発・配備を競うなか、当時のレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長が調印し、冷戦終結の契機となった。 中距離ミサイルは到達時間が短く探知が難しいため、相手が発射したとの誤認識などで偶発的に核戦争に発展する懸念も高まっていた。 条約では、核弾頭だけでなく通常弾頭を搭載する射程 500 - 5,500 キロの弾道・巡航ミサイルを全廃するとした。 空中や海中から発射されるミサイルは制限を設けていない。 現在、米ロ双方が離脱を表明し、8 月に正式に条約が失効するとみられている。

- 朝日新聞 2019 年 4 月 7 日 -

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