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中国国防相、8 年ぶり登場 米中対立「譲れぬ一線」とは

アジア・太平洋地域を中心に国防、安全保障の担当閣僚らが意見を交わす「第 18 回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ、英国際戦略研究所主催、朝日新聞社など後援)」が 5 月 31 日 - 6 月 2 日、シンガポールで開かれた。 貿易摩擦で米中対立が深まるなか、米中ともに相手を牽制したが、軍事的な緊張の高まりは避けたい本音が見え隠れした。 参加国からは双方に自制を求める声が相次いだ。

「(インド太平洋地域での)各国の重要な国益に対する長期的に最も大きな脅威は、国際秩序に基づくルールを毀損する国々だ。」 1 日の演説で、米国の新たなインド太平洋戦略を発表したシャナハン米国防長官代行は、南シナ海の軍事拠点化を進める中国を強く牽制。 南シナ海での「航行の自由作戦」を展開するため 200 隻以上の艦船と潜水艦を確保するとし、台湾の防衛を支援する姿勢を改めて示した。

演説後の質疑では、米中対立の火種となっている中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)について「あまりに(中国の)政府や軍に近すぎる」と批判、米国によるファーウェイ排除の動きを正当化した。 新たなインド太平洋戦略は、米国が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」構想の安全保障分野を詳述したものだ。 シャナハン氏は今回、インド太平洋地域で米国が同盟国や友好国との連携を強化し、米軍のプレゼンスを強める意思を明確に示したといえる。

ただ、シャナハン氏は演説の大半で中国の名指し批判を避け、昨年の同会議で演説したマティス国防長官(当時)の中国批判のトーンよりも抑制的だった。 貿易摩擦による米中対立の激化で、東南アジア諸国などに懸念が広がっていることに配慮したとみられる。

中国国防相「領土は 1 ミリも失わない」

一方、中国の魏鳳和(ウェイフォンホー)国務委員兼国防相は 2 日の演説で、中国としての「譲れぬ一線」を明確にした。 「他人の物は一つも要らないが、祖国の領土は 1 ミリも失わない。 最終ラインを突破しようとする者は中国軍が必ず打ちのめす。」 昨年後半以降、米軍は台湾海峡の艦船通過や南シナ海での「航行の自由作戦」の頻度を上げ、中国に圧力をかけ続けている。 8 年ぶりに同会議に国防相を送り込んだ中国の狙いは、国内外に「譲れぬ一線」を改めて示すことにあった。

ただ、米国との軍事力の差は大きく、軍事衝突は避けたいのが現実だ。 魏氏は 5 月 31 日にシャナハン氏と会談。 中国側の発表によると、魏氏は「中米両軍の友好関係が世界に安定をもたらす」と協調を促し、シャナハン氏も賛同した。 中国側は、対話と圧力で一定の成果を得たと受け止めており、「意義のある会議だった(何雷・中国軍事科学院前副院長)」との評価が相次いだ。

一方、南シナ海と接する国が多い東南アジア諸国連合 (ASEAN) の加盟国からは、双方に自制を求める声が相次いだ。 シンガポールのリー・シェンロン首相は講演の大半を米中関係に費やし、「戦略的な信頼が米中双方に欠けている」と指摘。 マレーシアのサブ国防相が「我々小国は、争いではなく外交を支持する。 米国を愛しているが、中国も愛している」と述べると、会場から拍手が起きた。

米国が中国の封じ込めを進めることで、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の事業に影響が出ることを懸念する声も出た。 ミャンマーのタウン・トゥン投資・外国経済関係相は分科会で「中国を封じ込めようという米国の意向は、我が国だけでなくアジア全体に及んでいる。 だが、我々は民主化の道を歩み始めたばかりで、発展する必要がある。」と訴えた。(園田耕司、冨名腰隆、守真弓、貝瀬秋彦)

対北朝鮮、日韓に温度差

北朝鮮の核・ミサイル問題も焦点になった。 2 月にベトナム・ハノイであった 2 回目の米朝首脳会談が物別れとなり、北朝鮮は 5 月上旬に複数の短距離弾道ミサイルを発射。 国連安全保障理事会の制裁決議違反となる弾道ミサイルの発射は 2017 年 11 月以来で、挑発行為のエスカレートが懸念されている。 そうしたなか、日米中韓の政府高官らが主張を展開した。

シャナハン氏は「北朝鮮には並外れた脅威が残っている」と述べ、警戒を続ける必要性を強調。 最終的で完全に検証可能な非核化を達成するためには国連制裁の継続が不可欠として、「中国と協力していく」と述べた。 魏氏も「朝鮮半島を非核化するという目標の実現を訴える」と述べた。 ただ、「米朝双方が理性と耐久心を持つことを希望する」と要望。 米朝双方が互いに刺激しあうことを控え、歩み寄ることを求めた。

米国と連携する日韓の間にも、温度差が目立った。 岩屋毅防衛相は、5 月の弾道ミサイル発射を「安保理決議に違反し、極めて遺憾」と批判。 韓国の鄭景斗(チョンギョンドゥ)国防相が「弾道ミサイルなのか、違うのか。 韓国政府は分析中。」と慎重な姿勢を見せると、岩屋氏は「ショート・レンジ(短距離)であれば許されると、北朝鮮に誤解を与えてはいけない」と釘を刺した。 海上で違法に物資を積み替える「瀬取り」などの制裁逃れを防ぐ監視強化も訴えた。

鄭氏は北朝鮮の努力も認めつつ、ミサイル発射には「米国に譲歩をしてほしい、平和的な対話で解決しなければならないという意味が込められている」と指摘。 米国の歩み寄りにも期待した。 欧州連合 (EU) のモゲリーニ外交安全保障上級代表は「制裁はゴールではなく手段だ。 北朝鮮に体制保証を与える必要もあるだろう」と述べた。(鈴木拓也)

IS、アジア諸国も警戒

テロ対策では各国とも共通の悩みを抱える。 ニュージーランドやスリランカで今年相次いだテロ事件に触れて、サブ氏は「テロリストに国境は無く、やりたい放題の脅威に直面している」と懸念を表明。 誘拐事件対策で周辺諸国と国境付近で行う共同パトロールの実績を例に、テロ対策でも国を越えた連携が重要だと訴えた。 インドネシアのリャミザルド国防相は、過激派組織「イスラム国 (IS)」が中東で弱体化した後、訓練を受けた戦闘員が東南アジアに戻って活動していると指摘。 「国内の IS 支持者は約 700 人にすぎないが、見過ごせない」と危機感を示した。

各国が抱える民族問題にも懸念が示された。 ミャンマーの少数派イスラム教徒ロヒンギャが難民となっている問題について、リャミザルド氏は「解決しないと、IS に勧誘される恐れがある」と語った。 魏氏は、ウイグル族の「再教育」を行うとされる施設についてなど、人権問題を問われ、「過激思想を取り除いている。 人びとが殺人や放火に走るのを許す国がどこにある。」と正当性を訴えた。(高田正幸、野上英文)

フィリピン、強まる中国批判

「南シナ海の主権を守れ。」 4 月、フィリピンの首都マニラにある中国大使館前で中国に抗議するデモが開かれた。 「中国の多額貸し付けに反対」などと書かれたプラカードを手に集まった人は、500 人とも、千人とも報じられた。 デモの発端は、フィリピンが南シナ海で実効支配する南沙諸島の一つ、パグアサ島の周辺で、1 月からの 3 カ月間で 200 隻以上の中国漁船が確認されたとの報道だ。 地元漁師が漁を邪魔される例も絶えず、国民の不満に火がついた。

「中国との関係の不均衡ぶりが増している。」 参加した活動家レナト・レイエスさん (43) は話す。 ドゥテルテ大統領は 2016 年の就任以降、中国寄りの姿勢をとり続けてきた。 両国は 18 年、南シナ海での共同資源探査にも合意し、ドゥテルテ氏は成果をアピールした。 だが国民は、南シナ海でのフィリピンの資源や権利が中国に奪われるとの危機感を強めている。

反発の高まりを受けて、ドゥテルテ氏は今年 4 月、「パグアサ島に手を触れるな」と中国を批判する演説をした。 中国の習近平(シーチンピン)国家主席との同月の会談では、南シナ海の権益をめぐる中国の主張を否定した 2016 年の常設仲裁裁判所判決を初めて持ち出した。 だがレイエスさんは「5 月の(国会の)中間選挙を前に有権者に配慮しただけ」と批判。 今後のドゥテルテ氏の対中姿勢が注目されている。

一方、安全保障問題の専門家ホセ・アントニオ・カストディオ氏 (51) は、ドゥテルテ氏の最近の強気発言について「意味はない」と分析する。 中国が南シナ海で進める軍事拠点化は「実際に攻撃に使われることはない」とみるからだ。 軍備予算の確保のために南シナ海という「ショーの舞台」が使われているだけだと語った。 (マニラ = 鈴木暁子)

解説 中国「8 年ぶり」狙いは

今回のアジア安全保障会議は例年と雰囲気が一変した。 中国が 8 年ぶりに閣僚を送り込み、ロケット軍司令官も務めた魏鳳和(ウェイフォンホー)国務委員兼国防相が壇上で堂々と立ち振る舞ったからだ。 米国や日本、欧州が議論を主導し、批判の的にされるのを嫌ってか、中国はここ数年間「大物」を出さず欠席裁判状態を甘んじて受け入れてきた。 それが今回、魏氏は「信頼醸成と協力、平和のために私はここへ来た」と宣言し、「我々が選ぶのは平和と発展か、それとも紛争と対立か」と壇上から問いかけた。

米国を念頭に反グローバリズムや保護主義の台頭を批判。 「ある国は一国主義を擁護し、国際条約や国際機関から撤退している」と指摘する一方、4 月に中国が主催した「一帯一路」国際フォーラムには 150 カ国超が参加したと、多国間協調の姿勢を強調した。 明らかに、国際秩序に背を向け、多国間協調より「米国第一」で二国間で妥結を迫るトランプ流のアプローチを逆手にとって、アジア諸国に訴えようとの狙いが透ける。

今回、中国から国防相が参加した背景を、神保謙慶応大教授は「米中対立が深刻化し、日本や東南アジアに積極的な友好・協調外交を展開しようとの意図がある」とみる。 4 月の「一帯一路」国際フォーラムでも「借金漬け外交」との批判を意識し、共存や世界経済への貢献をアピールする流れの一環だと分析する。 だが、魏氏の演説の後段は一転して高圧的なトーンが際立った。 「相互信頼」や「共存」を唱えた前段の主張と矛盾し、台湾問題では「いかなる犠牲も惜しまず戦い抜く」と米国の軍事介入を牽制。 南シナ海の軍事拠点化も、自国領土で「自衛策だ」と正当化した。

米国のシャナハン国防長官代行は中国を批判しながらも終始控えめ。 アンドリュー・トンプソン元米国防総省中国部長は「米国が地域の安全確保の道を探る姿勢を示したのに対し、魏国防相は強引に米国を阻止する姿勢を示した。 非常に対照的な展望だ。」と中国側の主張を批判する。 アジア諸国は、中国主導の「一帯一路」と日米が唱える「インド太平洋」構想のどちらに共鳴するのか。

経済も軍事も「力」だけでは一筋縄ではいかない。 それを象徴したのが、主催地シンガポールのリー・シェンロン首相の演説だ。 両構想を並列して評価し、「競争を紛争に導くべきでない。 米中は建設的方法を見つけ、主要な世界的問題で協力してほしい。」と訴えた。(編集委員・佐藤武嗣)

- 朝日新聞 2018 年 6 月 7 日 -

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