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北朝鮮の生活と経済 (38)

金正恩「復活」でも 21 人連続死の異常事態

北朝鮮北部、両江道(リャンガンド)の大紅湍(テホンダン)で、原因不明の熱病が集団発生し、多数の死者が発生していると、現地のデイリー NK 内部情報筋が伝えている。 北朝鮮を巡っては、金正恩党委員長が 4 月 11 日以降、公開の場に姿を現さなかったことから、同氏の「死亡説」や「重体説」が国際社会で飛び交った。 2 日になって、工場竣工式に参加したとの動静が久しぶりに伝えられたが、その間にも同国内では異常事態が続いていたことになる。

情報筋は、全体の患者数には触れていないものの、38 - 40 度の高熱を訴える患者が続出し、先月 27 日には 21 人が死亡したと伝えた。 それ以降の患者発生数はわからないが、「今でも対処が困難な原因不明の患者が発生し続けているという知らせが届いている」とのことだ。 当局は「単純な熱病に過ぎない」と主張しているが、通常の解熱剤では効果がなく、両江道の保健当局は手をこまねいて見ているだけだという。

地域住民の間では、熱病は新型コロナウイルスによるもので、中国から流入したのではないかと噂が急速に広まっている。 「大紅湍は、幅の細い川を挟んで中国と向かい合っているところが多く、多くの密輸業者が行き来している。 それで、地域住民は熱病の原因ではないかと疑っている。(情報筋)」 しかし、吉林省衛生健康委員会の発表によると、4 月 30 日の時点で感染者の数は累計で 111 人で、現在入院中の人は 9 人に過ぎない。 大紅湍と接する白山市では感染者は報告されていない。

一方、同じ両江道の恵山(ヘサン)から鴨緑江沿いに金正淑(キムジョンスク)郡までの国境を守っている、第 25 国境警備旅団第 1 連隊では今年 3 月下旬、数多くの兵士が頭痛、咳、喀血の症状を見せ、病院に搬送されている。 当局は認めていないものの、新型コロナウイルスの感染拡大によるものと思われる。 過酷な状況下にある兵士たちは、感染したらひとたまりもないと思われる。

今回、熱病患者が大量発生している大紅湍は、道庁所在地の恵山を挟んで正反対の位置にあり、250 キロほど離れていることを考えると、国境警備隊での集団発生が関係しているかは不明だ。 現在、大紅湍はロックダウン(都市封鎖)され、人も物資も入ってこれない状態となっている。 新型コロナウイルスの国内流入を防ぐために、当局は 1 月末から国境を封鎖、貿易を完全に停止する措置を取り、違反者に厳罰で臨んでいるものの、中朝国境は 1,400 キロ。すべてを厳しい監視のもとに置くのは困難で、各地で密輸が行われているようだ。 (高英起 = デイリー NK ジャパン

- Yahoo! 2020 年 5 月 5 日 -


「愛の不時着」、どこまでリアルなのか 脱北者に聞いた

日韓で最近、人気を集めている韓国ドラマが「愛の不時着」だ。 韓国の財閥令嬢がパラグライダー事故で北朝鮮に不時着し、出会った軍の将校と恋に落ちる …。 荒唐無稽とも言える物語だが、脱北者に徹底的に取材して描いたという北朝鮮の「日常」も話題だ。 現実の世界では最近、韓国に軍事挑発さえちらつかせる北朝鮮だが、そこには約 2,500 万の人々が暮らしている。 ドラマの出演者も含めた脱北者に会い、「北朝鮮の暮らし」のリアルを聞いた。

ソウル近郊のカフェで待っていると、白にチェック柄の入ったジャケットとホットパンツ姿の女性が、アコーディオンを入れたケースを引きながらやってきた。 脱北者の尹雪美(ユンソルミ)さん (34)。 ドラマには、北朝鮮の列車の中でアコーディオンを弾く女性役で出演している。 「愛の不時着」は韓国では昨年 12 月に放送が始まり、高い視聴率を記録した。 財閥家の令嬢にソン・イェジン、北朝鮮の軍将校にヒョンビンという人気俳優を配したこともあるが、韓国の人たちにとって、北朝鮮に対する「へ〜」がたくさん詰まっていたことも人気の理由だ。

40 代の韓国の女性会社員は「北朝鮮でダイエットのことを『肉減らし』、新興の金持ちを『金主』と言うなんて、ドラマを見るまで全く知らなかった」と話す。 ドラマの制作陣は、韓国に逃れた多くの脱北者に話を聞き、北朝鮮の生活を描いた。 2014 年に中国経由で脱北した尹さんも取材を受けた一人。 「(ドラマに出てくる)軍将校の婚約者のように、あそこまで超高級ブランドで身を固めた人はいませんよ。 そんなありえない部分もあったけど、脱北者が見ても鳥肌が立つくらい、暮らしの細部を再現していましたね。」

市場で、香りのするろうそくを軍将校が探す場面がある。

尹さん 「北朝鮮には『市場には猫の角を除けば何でもある』という言葉があるんです。」
私 「え? 猫に角ですか?」
尹さん 「当然、ないですよね。 それほど何でもそろっているという例えです。」

携帯電話も市場で買える。 北朝鮮では「手電話」と呼ぶそうだ。 尹さんが出演した北朝鮮の列車のシーン。 「甘い水」という名前の、缶入り飲料水が登場する。 「北朝鮮の本物をどこかで手に入れたと制作陣から聞きました。 他の場面でも実際の北朝鮮の小物が多く使われていて、どうりでリアルなはずです。」

列車内は北朝鮮の軍服を着た軍人たち、ふつうの身なりの人たちのエキストラであふれていて、「ここは北朝鮮かと錯覚するほどだった。」 尹さんは突然、怖くなってきたという。 撮影したのはモンゴルで、ウランバートルには北朝鮮の大使館もある。 「捕まって連れていかれるかと思って。 いつも携帯電話を握りしめ、定期的に韓国と連絡を取っていました。」 尹さんは北朝鮮からの脱北に 2 回失敗し、生存率は「5 割以下」といわれる収容所に入れられた経験を持っている。

尹さんは、北東部の港湾都市・羅先で生まれた。 父は朝鮮労働党の地方幹部。 「日立製作所の洗濯機や冷蔵庫、ソニーのテレビがあった。 地方では上流でした。」 ただ停電が多く、ドラマでも出ていたように、冷蔵庫は本棚の代わりだった。 ある日、韓国で 2005 年に放送された大ヒットドラマ「私の名前はキム・サムスン」を見た。 もちろん、韓国ドラマの視聴は北朝鮮では違法だ。 主演は「愛の不時着」でも主役だったヒョンビン。 「すぐにファンになりました。」 その彼の姿を撮影現場では近くで見た。 「北朝鮮にいたころは想像もできなかったこと。 妙な気分でした。」

尹さんは 10 代後半の 1 年半ほど、平壌にある「金星学院」でアコーディオンを学んだ。 「平壌は外国でした」と振り返る。 党や軍の幹部、外交官らを両親に持つ同級生たちに話しかけると、英語やドイツ語などで答えを返してきた。 地方出身者は無視されていた。 みなロレックスの時計をしていたため、当時は安物だとばかり思っていた。 平壌になじめず故郷に逃げるように帰った。

ドラマ「愛の不時着」のなかの北朝鮮は、南北の軍事境界線に近い開城近郊の村と、平壌を中心に物語が展開される。 村の暮らしは素朴に描かれていたが、韓国で放送されると「美化しすぎだ」との批判もあった。 そしてドラマでも描かれていたのが、地方と首都・平壌との大きな格差だ。 平壌で育った 20 代の女性に話を聞いた。 2017 年に韓国に逃れた脱北者だ。

女性の父は医師で、社会主義の北朝鮮では公務員。 周りには賄賂を患者から受け取る医師もいたが、父はそうでなかった。 北朝鮮では女性が市場で商売をして稼ぐことが多いが、母は得意でなかったという。 農村での労働に動員されたときのこと。 同級生が父親に「つらすぎる。 もう無理だ。」と隠れて電話をしていた。 すると翌日、農村に太った豚が送られてきて、入れ替わるように同級生は平壌に帰っていった。 彼の父は党幹部だった。 「うらやましかった。 平壌で、うちは下層でした。」

ところが女性は韓国に来て、他の脱北者たちと会い、驚いた。 ほとんどが地方出身で、自分とは全く違う貧しさのなかで暮らしていたからだ。 「私はあの国(北朝鮮)に感謝しています。 平壌で生まれただけで、たくさんの恩恵を受けていました。」 女性によると、平壌では最近、英語やピアノを教えると稼げるという。 フィットネスクラブもできたが、韓国で流行しているピラティスという健康管理の運動法はまだ入っていない。 「ピラティスやコンピューター、ピアノを教える資格を韓国で取り、戻ろうかと思うこともあります。 お金さえあれば、何でもできる社会だから。」

2 人の話を、どう受け止めればいいか。 脱北者の調査を通じて北朝鮮の暮らしを研究している、ソウル大学の尹芝賢教授にも会いにいった。 尹教授は、いくらドラマが細部を再現したとしても現実ではないように、脱北者の声が北朝鮮全体を代表しているわけではないことに気をつけた方がいい、と語る。 ただ、それでも脱北者の話を聞いて研究を続けるのは、今は実現の可能性が低いとしても、将来の南北統一に向けた準備のためだという。

政治や経済における統一は、難しいとはいえ政策の問題なので、制度をつくれば前進できる。 一方、70 年近くの分断を経て、ドラマを通して相手を「発見」するような異質な社会同士を融合させるのは、たやすいことではない。 「だから本当に統一が実現したといえるのは、生活文化が一つになったときだと思います」と尹教授は語る。

人口約 5,200 万人の韓国で、国内に住む脱北者は約 3 万 5 千人。 長い分断、南北の経済格差を背景に、脱北者への差別意識は根強い。 アコーディオン奏者の尹さんは、韓国におけるそんな厳しい現実の一方でドラマが人気を博したことに「北朝鮮は甘ければのみ込み、苦いとはき出す存在ではありません。 一つになろうとすれば、苦くてものみ込まないと。」と話す。

北朝鮮の人たちは韓国ドラマを見てあこがれるのと同時に、もし発展した韓国に行けたとしても差別を受けるだろうと、卑屈な気持ちになると尹さんは言う。 ただ最近、「愛の不時着」を見たという北朝鮮の知人と連絡が取れ、考え方が少し変わった。 「南北の男女が愛し合うドラマは初めて。 この物語に北朝鮮の人たちが接すれば、統一が実現した時、自分たちも韓国の人たちとコミュニケーションが取れるのだと自信を持てると思います。」(ソウル=神谷毅)

- 朝日新聞 2020 年 6 月 18 日 -

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