証言そして謝罪 (37)

戦争直後は日本人が受けた戦争被害(原爆投下などを含め)が話題の中心でしたが、世の中が安定していくにつれ、戦争で残した傷跡、すなわち加害者としての日本に目が向くようになっていきました。 その中で、象徴的な存在として「従軍慰安婦」の問題、とりわけ朝鮮半島出身の女性たちにスポットが当てられたのです。 1980 年代に入り、朝日新聞をはじめ日本のマスコミが積極的に採りあげたのですが、その基となった資料が信頼性の無いものであったことで、何故か 2010 年代に入って、朝日新聞だけが右翼の攻撃の対象になってしまいました。

ただ、この問題が朝鮮半島、韓国で話題に上がるようになったのは 1990 年代以降のことでした。 即ち、この問題は日本が取り残した贖罪の一つとして日本で取り上げた問題だったのです。 残念ながら、韓国ではこれが「反日」攻撃の象徴とされてしまい、今、最も大切な日韓関係改善の足かせにされてしまったのは、本当に残念なことです。 今回、韓国側でその運動を最初から主導していた団体が起こした不祥事は、何ともやるせないものですが、これを一つのきっかけとして、真の日韓関係を創出するきっかけとなれば、それはそれで一つの意義が生まれることになるのかもしれません。

〈編者注〉 韓国「正義連」に関する一連の記事を追いかければ追いかけるほど、いったいどのような団体なのか分からなくなりました。 このような団体に主導された「反日運動」とは何だったのか、日本人から見るとやはり空しくなってしまいます。

尹美香の個人名義口座で慰安婦寄付金受け取り、公然と横領していたのか

慰安婦関連団体の正義記憶連帯(正義連)元理事長の尹美香(ユン・ミヒャン)共に市民党当選人が被害者女性らのための寄付金を受け取る際、正義連名義ではなく個人名義の口座で金を受け取っていたことが分かった。 女性らが海外を訪問する際や死亡した際、「安らかに送りたい」、「葬儀費用が足りない」などとして随時、尹当選人の口座を通じて金を受け取っていたのだ。

全ての公益団体は寄付金を集めるときや支出する際、法人名義の通帳を使用する。 横領や脱税といった不正を防ぐための仕組みだ。 「個人名義の通帳」で寄付金を受け取るのは、法律や制度という話以前に社会の常識から考えてあってはならないことだ。 元慰安婦女性たちのための寄付金を何か自分のポケットの金のように取り扱っていたのだ。 正義連は「法律が制定される前のこと」、「法律をよく知らなかった」などと弁解しているが、到底信じられない。

正義連はビアホールで 3,339 万ウォン(現在のレートで約 291 万 5,000 円、以下同じ)を使ったそうだが、実際に店に支払われたのはわずか 430 万ウォン(約 37 万 6,000 円)だった。 8 倍も水増ししていたのだ。 葬儀会社に1174万ウォン(約102万5000円)支払ったとされているが、これも実際は葬儀会社が無料で行っていたという。 2018 年にはその年の支出総額よりも多い4 億 7,000 万ウォン(約 4,100 万円)を女性らに支払ったとあり得ない公示を行った。

被害者支援を口実に 4 年にわたり 50 億ウォン(約 4 億 4,000 万円)近く集めておきながら、18 年には募金額の 1.9% (2,320 万ウォン = 約 203 万円)、昨年は 3% (2,433 万ウォン = 約 212 万円)しか女性らに支払わなかった。 正義連は「内部監査を受けた」と主張しているが、これも信じがたい。 複数の専門家は「そのような会計を見過ごす会計士がどこにいるのか」と指摘している。

尹当選人は政見放送に出演した際「寄付者の中には身元を明かさない方たちもいる」と主張した。 国民は寄付者が誰かに関心があるのではなく、女性たちのための寄付金が何に使われたのか明らかにするよう求めているのだ。 的外れな主張で不正や疑惑から逃れようとすべきでない。 これら寄付金横領疑惑の解明を求める声に対し、共に民主党と正義連が「親日勢力の攻撃」と主張するのと同じで国民をばかにしているのだ。 今検察には尹当選人と正義連に対して 5 件の告発が行われている。 是々非々を明確に解明できるのは検察しかない。 正義連自ら捜査を申し出るべきだ。

- 韓国・朝鮮日報 【社説】 2020 年 5 月 15 日 -


韓国で元慰安婦が支援団体の不正を告発、反日の土台崩壊を元駐韓大使が解説

元慰安婦が正義連を告発

日韓関係を複雑なものにしてきた大きな要因の一つである慰安婦問題。 この慰安婦問題が、韓国国内で国を揺るがす大問題に発展している。 元慰安婦のグループで中心的役割を果たしてきた活動家の李容洙(イ・ヨンス)氏が、5 月 7 日に記者会見を行い、「共に市民党」から国会議員に当選した正義記憶連帯(以下、"正義連"。 韓国挺身隊問題対策協議会の後継組織)の尹美香(ユン・ミヒャン)前理事長について、「政治的・個人的目的のために慰安婦を利用してきた」と告発したのだ。

イ・ヨンス氏によるその告発内容は驚くべきものだった。

「(正義連は)義援金や基金などが集まれば被害者に使うべきなのに、被害者のために使ったことはない。」
「30 年間にわたりだまされるだけだまされ、利用されるだけ利用された。」
「来週から水曜集会(毎週水曜日、日本大使館前で行われている抗議集会)に参加しない。」
「尹美香代表は私欲のため的外れなところに行った。 国会議員をしてはならない。」

この告発から、正義連の本質が読み取れる。 イ・ヨンス氏は過去 28 年間、国内外で慰安婦が受けた被害を証言してきた人物で、挺対協の活動の中心にいた。 2017 年に公開された映画『アイ・キャン・スピーク』の主人公として知られている。 07 年には、米国議会下院の公聴会に出席し「世界で起きている性暴行・蛮行を根絶するためにも日本は必ず謝罪しなければならない」と証言。 トランプ米大統領を招いた国賓晩さん会にも招かれている。

正義連は韓国では神聖不可侵

正義連を真正面から非難する言動が元慰安婦から発せられたことは、韓国社会にとって極めて重大な事件である。 韓国にとっても日本にとっても、単なる政治団体の内輪もめとして見過ごすことはできない。  『反日種族主義』の著者、李栄薫(イ・ヨンフン)氏によれば、正義連は韓国では神聖不可侵であり、だれも批判できない存在であるという。

正義連はその絶対的な地位を利用して、これまで勝手気ままな行動をとってきた。 それが慰安婦に関する歴史的事実の歪曲であり、慰安婦問題解決の妨害である。 そもそも、韓国では慰安婦の歴史は挺対協が作ったものである。 韓国にとって歴史の真実とは、「韓国国民にとっての正しい価値観」であり、事実を積み上げたものではない。

イ・ヨンフン氏の 12 年前に発刊された「大韓民国の物語」という憂国の書は次のように述べている。 「韓国の高校の国史教科書(2001 年版)には『日本は世界史において比類なきほど徹底的で悪辣な方法で我が民族を抑圧し、収奪した …。 戦時期に約650万名の朝鮮人を戦線へ、工場へ、炭鉱へ強制連行し、賃金も与えず、奴隷のように酷使した。 その中には朝鮮人の乙女たちがおり、日本軍の慰安婦とした …。」  「しかし、この教科書の内容は事実ではない。 政治的な意図を持った歴史家により作られたものである。」 こうした歴史の歪曲の中心にいるのが正義連であり、正義連にとっての「正義」に基づいて慰安婦の歴史は作り上げられた。

"事実" のために猛烈な反発

イ・ヨンス氏は、挺対協が元慰安婦をインタビューし、18 年に出版した『Remember Her』に参加した。 そのイ・ヨンス氏が会見でこの本についても「内容の検証がきちんと行われずに出版され、販売されている」と批判した。 韓国において慰安婦の "真実" として社会的に許容されるのは、『Remember Her』で述べられている見解だけである。 その核心にある考え方が、「日本軍は元慰安婦の人々を強制的に連れて行った」という "事実" だ。

これまで正義連は、慰安婦の歴史が覆されそうになると、極端なまでに反発してきた。 筆者は在韓国大使館で政治部長をしていた 93 年、当時の挺対協に元慰安婦へのインタビューを申し入れたことがあった。 日本政府関係者である私たちのインタビューが、元慰安婦を傷つける恐れがあるということで断られたのだが、それは表向きの理由だろう。 真実は、自分たちが作り上げた慰安婦の歴史を壊されたくないという理由だったはずだ。

韓国国内からこの "事実" の検証をする声が上がったこともあった。 13 年、韓国の世宗(セジョン)大学の朴裕河(パク・ユハ)教授は、慰安婦問題について客観的事実を研究し、『帝国の慰安婦 - 植民地と記憶の闘い』という本を出版した。 日本でも話題になった本で、ご存じの読者諸兄も多いだろう。 しかし、その内容は正義連が主張する "事実" とは違っていた。 挺対協は猛反発。 挺対協の反発に呼応するかのように、元慰安婦などが共同生活をする「ナヌムの家」の元慰安婦 9 名が、自分たちの名誉を棄損したとしてパク・ユハ教授を相手取り、裁判所に提訴したということがあった。

慰安婦問題の解決は正義連の存立基盤を覆す

正義連がこうした反応を示す理由は、極めて分かりやすい。 それは、慰安婦問題が自らのレゾンデートルだからだ。 そのため正義連は、終始一貫して慰安婦問題の解決を妨害してきた。 ユン前理事長は 15 年の日韓慰安婦合意をめぐって、「合意の前日、記者にばらまいた内容で一方的に知らされた」と述べた。 ユン前理事長はさらに、「被害者の意思を吸い上げようとはしない拙速合意」と韓国政府を批判。 「被害者への相談が全くなかった。 (合意は)解決だと見ることはできない。」と主張した。

しかし、当時の外交部幹部は直接ユン前理事長と会い、事前の合意内容を伝え、日本からの 10 億円を基に後に設立された「和解・癒やし財団」についての内容も説明したと証言している。 さらに、元慰安婦の A 氏のこんな証言もある。 A 氏は「和解・癒やし財団」から元慰安婦に支払われる予定の 1 億ウォン(約 874 万円)を受け取る意思を示したところ、「ユン前理事長から受け取らないよう説得された」というのである。

ちなみに A 氏は、日本が 1995 年に設立した「女性のためのアジア平和基金(以下 "アジア女性基金")から、元慰安婦に対する 200 万円の見舞金の支払いを受けたが、受け取ったことが公になった元慰安婦 7 人は、挺対協などの仲間から裏切り者扱いされたという。 だが実際には合計 61 人の元慰安婦が同基金から見舞金を受け取っていることが明らかになっている。 つまり 54 人はこれを隠していたのだ。

この実態から分かるのは、挺対協が元慰安婦のために行動していないということである。 挺対協及び正義連が慰安婦問題の解決を妨害しなければ、多くの元慰安婦はアジア女性基金から見舞金を受け取り、より早く、良い形でこの問題は解決していたはずだ。 そもそも韓国政府は、アジア女性基金についての日本政府の事前説明に対し、韓国側の希望を全て満たすものではないが、それなりに努力したものであると評価していた。 しかし挺対協の反対で徐々に立場を後退させ、最後は「日本側で勝手に処理してほしい、韓国政府として協力できない」とサジを投げてしまった。

その背景には挺対協の問題解決を妨害する行為があったことは明白で、朝鮮日報は社説で「市民団体は慰安婦問題解決という全国民的願いを口実に、ある瞬間から『問題解決』より『問題維持』と私欲を満たすことの方により力を入れることになった。 女性たちの恨(ハン)は何も解決されていないが、団体の関係者は次々と政界と公職に進出した。(20 年 5 月 9 日付)」とその姿勢を批判している。

正義連の本質は慰安婦支援を口実にした利益集団か

では、告発されたユン前理事長や正義連はどう反論しているのか。 正義連やユン前理事長の告発に対する対応を見ると、正義連がいかに欺瞞に満ちた組織で、その組織防衛のためなら何でもするということが、改めて明らかになっている。 今回告発した元慰安婦のイ・ヨンス氏は、「正義連への寄付金が慰安婦のために使われていない」と非難している。 そこで、具体的に正義連の決算報告書を見てみると、寄付金に関するずさんな管理実態が浮き彫りになっている。

正義連の 18 年の決算報告書によれば、正義連は 18 年 3 月に亡くなった元慰安婦のアン・チョムスンさんに対して 4 億 7,000 万ウォン(約 4,128 万円)を支給したとしている。 この時点で疑問に思うのは、同年 1 - 12 月の月別支出総額は 4 億 6,908 万ウォンで、その金額を上回っているということだ。 それだけではない。 同年に飲食店に対して葬式後の会食などさまざまな会合のために 3,339 万ウォン(約 293 万円)を支払ったとされている。 これは同年の寄付金 3 億 1.000 万ウォンの1 割強である。

飲食店側は「(実際に)決済した売り上げは 972 万ウォンで、その中から材料費などの経費 430 万ウォンを差し引いた残り 542 万ウォンは寄付金として返還した」と証言している。 これが真実であるなら、正義連は実際の決済額を 8 倍近く水増ししていたことになる。 正義連はこうした支出は「1 回のものではなく、さまざまな場所で支出したものをまとめて計上したものだ」と反論している。

そうであるならば、「さまざまな場所」の詳細を全て開示すべきだ。 しかし内訳の公開は拒否し、詳細な内訳を求める声に対して、「世界のどの営利企業が活動内容を一つ一つ公開しているだろうか」、「企業に要求しないことをなぜ要求するのか」と開き直っている。

極め付けは以下の疑惑だ。 ユン前理事長の娘は米国カリフォルニア大学バークレー校に留学している。 その費用は学費だけで年間 4 万ドル(約 430 万円)かかり、生活費を合わせれば 700 万円は必要だといわれる。 しかし、ユン夫妻の所得税の納付額から推計した夫妻の年間収入は 5,000 万ウォン(440 万円)ほど。 留学費用をどこからねん出したかという記者からの質問にユン前理事長は、「1 年の全額を奨学金として支援される大学を選んだ」と述べた。 だが、その説明の信ぴょう性を疑われると、今度は「夫がスパイ捏造事件で一部無罪判決を受けた刑事補償金を充当した」と説明を修正した。

さらに、ユン前理事長は寄付金を受け取る際、振込先の口座を正義連の名義ではなく、個人名義の口座にして金を受け取っていたことも明らかになった。 しかし、全ての公益団体は寄付金を集める時や支出する際、法人名義の通帳を使用することが普通だ。 朝鮮日報は「個人名義の通帳など法律や制度の問題以前に社会の常識からもあってはならないことだ」と批判している。 実際、集めた寄付金は「葬儀費用」や元慰安婦の海外渡航のためにも使われてはいた。 しかし、個人名義の口座ではその金が娘の留学費用に流れたとしても不思議はない。

加えて朝鮮日報によると正義連および挺対協は 16 年から 19 年までに女性家族部や教育部、ソウル市から 13 億ウォンの国家補助金を受け取っていたが、国税庁に登録した公示では 5 億 3,800 万ウォンとなっているという。 この差額の金はどこに消えたのだろうか。 疑惑は深まるばかりである。 裏付けのない言い訳を信じることはできない。

イ・ヨンス氏の記者会見で、寄付金の不適切な使用が暴露されると、正義連のハン・ギョンヒ事務総長は「イさんは 92 歳で、心身がひどく弱っている状態だ。 イさんの記憶は歪曲された部分がある。」と、イ氏を侮辱するかのような説明をした。 ユン氏は自身に向けられた非難に対して「6 カ月間、家族や知人たちの息づかいまで暴きたてられだ国(チョ・グク)前法務大臣のことを思い出す」と開き直り、逆にマスコミ非難を繰り広げた。

与党はユン前理事長批判勢力を「親日」と一蹴

一方で、与党はユン前理事長の擁護に立ち上がった。 与党議員はユン前理事長に対する批判は「親日・反人権・反平和勢力の最後攻勢」であり、「屈辱的な韓日慰安婦合意を成立させた未来統合党、日帝と軍国主義に媚びた親日メディアを総動員したものだ」といい、別の議員は「慰安婦被害者の生活支援は国の役割なので、『寄付金がおばあさんのために使われなかった』という保守陣営の問題提起は方向違いだ」と擁護している。

与党は、今回の問題を提起した人々に「親日」のレッテルを貼れば、与党の下に団結する「錦の御旗」になるとでも思っているのであろうか。 仮に生活費の支援は国の役割だとしても、ユン氏の寄付金流用疑惑にどう答えるつもりだろうか。 政府与党はこれまでさまざまな不正疑惑を強権とマスコミ封じで抑えてきた。 そして「反日」を合言葉に左派系人士を結集し反撃に出た。 今回も同様の手法で乗り切ろうとするだろう。

元慰安婦と市民団体の批判にどう応える

こうした正義連の反応に対し、元慰安婦やマスコミ、市民団体はさらに攻勢を強めている。 イ・ヨンス氏は 13 日、「月刊中央」のインタビューで、「ユン氏は『今からでもありのままを話すことが正しい。良心もない』と反発している。 そして正義連やユン前理事長とは「和解はしない。 和解はできない。 挺対協(正義連)は直して使えるものではない。 解体すべきだ。」と痛烈に批判している。

正義連はイ・ヨンス氏が 92 歳であり、記憶は歪曲されている部分があると述べたが、インタビューした記者は、「イさんはこれまでの慰安婦被害者人権活動や慰安婦合意当時のこと、13 歳の時のことまで鮮やかに覚えていた」と述べ、正義連の主張が根拠のないものであることを指摘した。 さらに市民団体は、ユン前理事長と正義連の李娜栄(イ・ナヨン)現理事長を横領、詐欺罪で告発している。 韓国の政界があくまでもユン前理事長以下を擁護するならば、市民団体の消耗戦に首を突っ込むことになる。

与党は既に 4 月の国会議員選挙での違反行為が指摘されており、さらにチョ・グク前法相の不法行為を強引にもみ消そうともしている。 正義連の欺瞞に肩入れしすぎると自らの墓穴にもなりかねないことを肝に銘じるべきである。 今回は、韓国国民が支援する元慰安婦の告発であることを忘れないことが賢明である。

一連の騒動で明らかになったことは、正義連はあくまでも政治目的のために元慰安婦を利用してきたこと、元慰安婦のためと仮面をかぶっているが、慰安婦のためよりも自分たちの利益が大事だということ、そのためには真実はいくらでもねじ曲げることである。 今の状況は韓国国民の目にどのように映っているのだろうか。 韓国国民も歴史の真実、挺対協の欺瞞性から目を背けてはいけない。 (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

- Diamond on Line 2020 年 5 月 16 日 -


意外とあっけなかった韓国の「慰安婦タブー」

韓国の元慰安婦支援団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連、旧挺対協)」の尹美香・前理事長が窮地に追い込まれている。 募金や政府補助金の横領疑惑や寄付金を使った不透明な不動産取引などが次々と報道され、横領罪などでの告発を受けたソウル西部地検が 5 月 20 日に正義連事務所を家宅捜索した。 疑惑の解明には時間がかかるだろうが、現時点での最大の驚きは「正義連批判はタブー」という常識が崩れたことかもしれない。 この壁はとても厚いものだったので、意外とあっさり崩れたなというのが私の抱いた感想だった。

前理事長の政界進出が引き金に

簡単に流れを整理しよう。 30 年近く団体とともに活動してきた元慰安婦の李容洙さん (91) が 5 月 7 日に記者会見を開いた。 李さんは、「だまされるだけだまされ、利用されるだけ利用されてきた」と正義連を批判し、毎週水曜日に日本大使館敷地前で開かれる水曜集会についても「寄付金も被害者(元慰安婦)たちのために使われたことはなく、どこに使われたのかも分からない」と主張した。

韓国メディアが伝えた会見全文を読むと、尹前理事長への個人的な怒りが背景にあるように見える。 尹氏は、与党の比例代表候補として 4 月の総選挙で当選した。 李さんは、尹氏を批判しながら「国会議員になってはダメだ」、「(慰安婦問題の)解決もせずに国会議員だとか、閣僚だとか、そんなもの」などと繰り返し批判した。 韓国の保守系紙・中央日報によると、李さんは 4 月下旬にも少数の市民団体関係者や記者の前で尹氏の出馬には最初から反対だったと語っていた。 尹氏から 3 月末に電話を受けて出馬を伝えられた際に反対を伝えたが、尹氏からはその後、連絡がなかったという。

李さんの記者会見後に正義連と尹氏側は、出馬を伝えた時に李さんから「一生懸命にやりなさい。 よかったね。」と言ってもらったと反論した。 この点について李さんは進歩系紙・京郷新聞とのインタビューで「いきなり『国会議員になるため立候補します』と言うから、『よかったね』と一言だけ言った。 皮肉で言っただけだ。」と語った。

直訳すれば「よかったね」なのだが、韓国では 20 年ほど前に「よかったねぇ、本当に」という言い回しが相手を皮肉る言葉として流行して以来、李さんの主張するような用法は珍しくない。 語感を込めて意訳するなら、「あ、そっ、よかったね」とする感じだ。 尹氏の主張するように「一生懸命にやりなさい」という言葉が付いていたなら祝福だろうが、一言だけなら皮肉と受け止める方が普通かもしれない。

そして、保守系の朝鮮日報と中央日報が記者会見を翌日朝刊の 1 面で伝えた。 両紙はその後、連日のように暴露記事を 1 面に掲載。 さらに社説でも連日のように正義連と尹氏を批判した。 一連の報道では寄付金や補助金の使途や不透明な会計報告が問題視され、尹氏の個人口座が募金用に使われた不自然さが指摘された。 さらに元慰安婦の遺志に基づく奨学金の受給者が市民運動家の子供に限定されていたり、尹氏が年間 8 万 5,000 ドル(約 920 万円)だという娘の米国留学費用をどうやって工面しているのかへの疑問が提起されたりもした。

きわめつけは、企業からの寄付金で 2013 年に購入した元慰安婦の保養施設を巡る疑惑だった。 尹氏の知人が紹介した物件を周辺相場より大幅に高い 7 億 5,000 万ウォン(約 6,600 万円)で購入したうえ、内装工事に 1 億ウォン(約 880 万円)かけた。 しかも、交通の不便な場所だったので実際には元慰安婦の利用はほとんどなく、活動家たちがペンションのように使っていたという証言まで出た。 そして、正義連は今年 4 月にこの物件を 4 億 2,000 万ウォン(約 3,680 万円)で売却していた。

ここまでくると、与党側にもかばいきれないという雰囲気が出てきた。 当初は、保守系メディアと野党による政治的攻撃だと主張していたが、与党の重鎮クラスが「事態を深刻に受け止めている」と語るようになった。 党としての対応を早急に取るべきだと主張する与党国会議員も出ているが、尹氏は韓国メディアのインタビューに「議員としての活動を見守ってほしい」と主張して、議員バッジへの意欲を見せた。

当事者が告白したタブーの存在

政界事情に詳しい外交筋は「単に活動団体の内紛ということではなく、与野党間の争いのカードになった印象だ」と話す。 李さんは会見で具体的な不正の暴露をしたわけではなく、単に不信感を述べただけだ。 今までだったら韓国メディアの扱いも小さく終わったのかもしれないが、尹氏が政界に出たことでフェーズが変わっていたのだろう。 李さんの会見を契機に保守系メディアから「慰安婦タブー」が崩れ始めた。 正義連は批判された経験がなくて無防備だったのか、疑惑が一気に噴き出した感がある。

このタブーについては、李明博政権で大統領外交安保首席秘書官を務めた千英宇氏が朝鮮日報への寄稿で吐露している。 千氏は駐英大使や外交通商第 2 次官などを務めた職業外交官出身で、大統領秘書官だった時には日本の野田政権と慰安婦問題の解決策について協議したこともある。 千氏は、李さんの会見について「このような不都合な真実は、被害当事者である慰安婦ハルモニ(おばあさん)以外には口にできない。 メディアや政府当局者は、正義連とその前身である韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の実態を知っていても、これを報道したり、語ったりすること自体がタブー視されてきた聖域だったからだ。」と書いた。

尹氏の政界進出という要素に触れていない部分は物足りなさを感じるが、タブーだったことを当事者として認めたことは大きい。 メディアでは、2015 年の日韓合意に関する報道を代表例として挙げられる。 挺対協の主張に沿った合意批判が多く報じられる一方で、合意時点で生存していた元慰安婦 47 人のうち 35 人が日本政府の拠出金から出た 1 億ウォンを受けとったことは、韓国では当時、ほとんど報じられなかったのだ。 李さんの記者会見後、韓国メディアがこの数字を当然のように報じていることに少し違和感を覚えるほどだ。

東南アジアの慰安所で働いていた朝鮮人男性の日記が 2013 年に見つかった時も、似たようなことが起きた。 日記には最前線であるビルマにいた慰安婦たちの厳しい生活事情とともに、後方地域であるシンガポールでは満期明けで帰国する慰安婦もいたことなどが書かれていた。 朝鮮半島から複数回にわたって慰安婦が集団で東南アジアに渡っていたことがわかる記述もあった。

当時の実情をうかがわせる貴重な資料だ。 私を含む多くの日本メディアは、置かれた環境によって慰安婦たちの境遇は千差万別であったことを書いた。 ところが韓国メディアに出たのは、シンガポールでの記述を完全に無視した過酷な環境についてだけの記事だった。 ソウル特派員だった私は、それを読んで唖然とさせられた。

余談になるが、ベストセラーとなった『反日種族主義』も同じ日記を取り上げた。 この本は逆に、ビルマでの過酷な扱いについての記述をほとんど無視した。 これもタブーへの反動と言えたかもしれないが、この本は保守派による進歩派攻撃という政治的色合いが強いものだったからか、韓国社会全般でタブーを崩す影響力を持つようなことはなかった。

慰安婦問題の構図は変わらない

ただし、今回の事態を過大評価はしない方がいい。 これによって正義連や尹氏の信頼が大きく傷つき、影響力に陰りが出ることは確かだろうが、そのことが外交にまで影響を及ぼすとは考えづらい。 タブーが崩れた原因が尹氏の政界進出に起因するものであるなら、その影響は主として国内的なものにとどまるだろう。 韓国の政界では次から次へと争いの種が出てくるので、何か新しい話題が出てきたら急速に関心が薄れる可能性すらある。 5 月末に新しい国会議員の任期が始まり、2022 年 3 月の次期大統領選へ向けた政界の動きが本格化してくれば、韓国社会の関心はそちらに流れていく。

そもそも批判の対象になっているのは正義連と尹氏、それも端的に言ってしまえば「彼女たちとカネ」という問題である。 慰安婦問題そのものへの韓国社会のスタンスが変わったわけではないし、崩れたタブーも少なくとも現時点では「正義連がアンタッチャブルでなくなった」というレベルである。 国際社会の視線を含め、慰安婦問題を取り巻く基本的な構図は何も変わっていない。

それに文在寅政権にとっての最優先事項は、次期大統領選で与党候補を勝たせることだ。 対外政策の中では対北政策が一番で、それに関連して対米関係、経済的に依存する中国との関係が続く。 対日外交はその次で、しかも喫緊の課題は日本側から見れば徴用工問題、韓国側から見れば日本の貿易規制である。

慰安婦問題についての文政権の立場は、2015 年の合意では解決していないけれど、合意を破棄したり、再交渉を求めたりはしないという中途半端なところで 2 年以上も止まっている。 存命の元慰安婦が少なくなり、いよいよ時間との戦いであるはずだが、何かが動くようには見えない。 その状況もまた、今回のスキャンダルの影響を受けてはいないようだ。 (澤田克己・毎日新聞記者)

- Wedge Infinity 2020 年 5 月 22 日 -


元慰安婦支援団体、脱北者に帰国勧告か 金銭支援も

寄付金の不正流用疑惑が指摘されている韓国の元慰安婦支援団体「正義記憶連帯(旧挺対協)」について、保守系の朝鮮日報は、団体関係者らが北朝鮮を逃れた男女に帰国を勧めていたと報じた。 うち男性 1 人が朝日新聞に報道内容を認めた。 北朝鮮政府はこの男女らの脱北を「韓国政府が主導した」と非難して送還を要求していた。 この男性は中国の北朝鮮経営レストランの元支配人で、2016 年 4 月に女性従業員 12 人と集団で脱北し、韓国に入国した。 現在は韓国以外の第三国で暮らしている。

男性によると、韓国に滞在していた 18 年 6 月、北朝鮮の主張を支持する革新系弁護士グループ「民主社会のための弁護士会(民弁)」の弁護士から連絡を受けて面会。 「(韓国の情報機関「国情院」による)計画的な脱北だったと会見で明らかにしよう」と提案されたという。 民弁は元慰安婦や元徴用工も支援している。 男性は民弁の弁護士から、正義連のトップだった尹美香前理事長や尹氏の夫を紹介された。 同年 12 月にかけ、尹氏の夫から食事などに誘われ、団体が所有するソウルや京畿道の家屋のほか、江原道の施設で、一緒に脱北した女性らとともに食事をしたという。

男性はこうした場で、民弁の弁護士らから北朝鮮に戻るように諭された。 朝鮮総連の関係者や韓国の親北団体のメンバーが同席することもあり、「罪を償い、新しい人生を歩むことを望む」と伝えられたこともあったという。 男性は民弁の弁護士らが脱北を「罪」と捉えていると感じたと振り返る。 一方で、男性は 18 年 10 月から韓国を出国するまでの 6 カ月間に、民弁の弁護士から「後援金」名目で計 300 万ウォン(約 26 万円)を受け取っていた。 弁護士からは「挺対協(現・正義連)が出した」と聞いたという。

同団体は元慰安婦支援などを名目に寄付金を募ってきた。 事実なら、こうした金が流用された可能性もある。 弁護士は朝日新聞の電話取材に「(男性から)生活が苦しく、お金を貸してほしいと頼まれ、個人的に支給した。 挺対協とは関係ない。」と述べた。(ソウル=鈴木拓也)

- 朝日新聞 2020 年 5 月 22 日 -


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